受験の定石 - 東大生が教えるやさしい勉強法 -
- 第9回 現代文は「理」 1 -
前回は現代文、特に説明文・評論と呼ばれる問題への対処法について書きました。
おさらいすると、現代文の問題に対処するのに必要な力は2つあり、
まず、自分が持っている言葉・思想の知識を利用しながら論理を理解して読む、
そして、模範解答と照らし合わせたときに誰が見ても間違っていない答えを解答として落とし込む
ということです。
前回は、前者について一つの力を付ける方法を具体的に示しましたが、もちろん、それだけが方法というわけではありません。 他にも自分で出来ることが見つけられたら、それでも構いません。
重要なのは、本当に日本の現代の思想家達が書いた洗練された言葉と思想が散りばめられた文章をじっくりと意味をしっかり理解しながら 「読む」という体験を出来るだけ多くするということです。
今回は、前回触れられなかった、小説・随筆について
さらに、解答の書き方について考えます。
小説・随筆と呼ばれる文章に関して言えば、普段から書籍を手にしたり、雑誌などにのっている文章を自然と読んでいる人は多いでしょう。
それも、娯楽・休息の手段として。
しかし、いざ入試の問題としてそれが出てきてしまうと多くの人にとってつまらないものとなってしまう。
分量のある物語の一部分を無理に抜粋した問題文を読まされ、単純に楽しんで読むことが許されないかのように「解答」を作らされる。
それも、その多くが「主人公の気持ち」のような読み方次第でなんとでも言えてしまう様な理不尽な聞かれ方をされてしまう。
まず言っておきますが、小説・随筆で入試の問題を作るのは正直なところ非常に無理があるのではないかと私も思います。
「太郎がどう思ったか」とか「優子がした仕草の原因」とか、実際の所、なんとでも言えるし、
これは有名な話ですが、ある小説家が、大学入試の問題として出題された自分の文章の問いに解答して採点してみたら、受験生の平均点より点数が低かったということも現実にあります。
入試の小説・随筆なんてそんな話なんです。
しかしながら、今なおそれらは入試に出題されます。
問題として成立しているんです。
では、入試の問題として成立するというのは具体的にはどういうことでしょうか?
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